ドラえもん映画考、孤立する子どもたちとジェンダーなど①

最近ドラえもん映画を一気見してしまい、ドラえもんについて語りたくなりました。

というのも、長く続いているシリーズなだけあって、けっこうキャラクターの性格がブレているんですよね(笑)
しかし、何本も見ているうちにだんだんと、「これこそがこの人物の真髄であり根幹なのではないか」というものが見えてくるような気がしまして。同時に、「この作品の描き方は解釈違い」ということも起こってくるのですが。

なので、ここで語るキャラクター考察は、私自身の「このキャラ描写が好み」という個人的解釈に、多分に寄っているものではあります。

①は、のび太とドラえもんの考察および、「のび太くんを見る」上でのおすすめ作品の紹介です。
観点としては、のび太くんの学力・「はみだし者」として孤立する属性・「やさしい男の子」としてののび太くんなどの点に注目しています。

のび太のキャラクター

*学力について

のび太くんについて、まず気になるのは「テストで0点ばかり取っている」というところです。
どんなに劣等生だとしても、あてずっぽうで書いても常に0点になるというのは、なかなかないことです。
これは勉強ができないというよりむしろ、必ず間違いの解答を導き出してしまうような、彼特有のなんらかの「こだわり」があるのでは、と、教育者ならば考えるべきところではないでしょうか。

のび太くんの言動を見ていても、ドラえもんのひみつ道具を使った発想などは、小学5年生にしては、むしろかなり知恵の働くタイプに思えます。
また、想像力が豊かで、空想の中のことを現実でも口走ってしまったり、おとぎ話や架空の話を本当のことと信じていたりする点を見ると、理系よりも文系の学力が偏って発達しているのかも、と考えられます。

劣等生であることに加えて、空想の世界に浸りがちなところも、のび太くんがクラスメイトたちに笑われ、はみ出し者になっている原因のように思われます。

のび太くんの学力について、興味深いエピソードは1992年公開のシリーズ第13作「のび太と雲の王国」にありました。

「雲の上には天国がある」と信じていたのび太くんは、学校で先生やクラスメイトに笑われてしまい、悔しがって図書館へ調べに行きます。
そこで彼は、古今東西のさまざまな天上世界についての伝説を自分で見つけ出してくるのです。小学5年生でこれだけの調べ物を自力でできるのは、大したものです。
しかし残念なことに、それらの調べてきた内容も、ドラえもんは「つくり話だ」と一笑に付してしまいます。

実は、のび太くんの空想を笑わない貴重な人物が、出木杉くんです。
「のび太の魔界大冒険」(1984年)では、魔法に憧れるのび太くんに、ドラえもんもしずかちゃんも「魔法なんてない」と苦笑します。
あきらめきれないのび太くんが、 物知りの出木杉くんを訪ね 「笑われるかもしれないけど…」と切り出すと、彼は、「僕は別に笑わないよ」と答え、「魔法も昔は学問として研究されていた」と教えてくれるのです。(しかし魔女裁判などで魔法は邪悪なものとされ淘汰されたという出木杉くんの説明に、のび太は結局がっかりして帰る)

出木杉くんは物語の本筋にはあまり絡まず、「なんでもできる優等生」として、のび太くんの引き合いに出される立ち位置のキャラクター。
しかしその実、単なる優等生というより、あまりにも知的好奇心が強すぎて、同年代の子がついていけないレベルの知力や学力を持っている子と見える描写があります。
彼も実はのび太くんと同様、発達段階において、周りの子から浮いてしまう存在なのかもしれません。
私は勝手に、もしかしてドラえもんがいなくなった後の、思春期ののび太くんの親友になるためのキャラクターとして出木杉くんがいるのではないか…と思っています。
だからこそ彼は、ドラえもんのいる今は、冒険のメンバーに加えられないのかもしれません。

*やさしい男の子

のび太くんについて、もう一つ気になるポイントは、 (いくつかの映画作品では) 彼が倫理観において、同年代のジャイアンやスネ夫よりも成熟しているように見える点です。
ジャイアンとスネ夫も、目の前の出来事の善悪には心を動かされる、素直な気持ちを持った子どもたちですが、のび太くんは、「自分とは関係ないかもしれない世界でも、困っている人たちがいたら寄り添おうとする」という、より高度な社会性を伴った倫理観を示すことがあります。
これはメインキャラクターの子どもたちでは、のび太くんとしずかちゃんのみが持っている性質です。

「やさしい男の子」としてののび太くんの性質が最も活かされたのが、2000年公開のシリーズ第21作「のび太の太陽王伝説」です。

この作品は、私自身はもうドラえもんを見る世代ではなくなった時代の公開で、最近初めて見たのですが、ドラえもん映画の中でも最も好きな作品になりました。
いやーこれはいい。これはいいですよ。ドラえもん映画で一本だけ見るなら、断然この作品をおすすめします。
※しずかちゃんのお風呂シーンもありません!

ドラえもんのひみつ道具「タイムホール」が、ひょんなことから時空が乱れて古代の「マヤナ国」へつながってしまうところから始まる物語。マヤナ国の王子・ティオがのび太くんと瓜二つだったことから、2人は入れ替わってそれぞれの生活を楽しむことになります。
顔はそっくりなのに、性格はのび太くんとは真逆の、勇ましくプライドの高いティオによって、「のび太くんとはどういう人物なのか」が掘り下げられる展開が鮮やかです。

ティオに仕える少女ククは、いつも横柄なティオ(に扮したのび太)が、首飾りのプレゼントに心から感謝したり、小さな子どもたちと親しんだり、生贄にされようとしていた少女を助けたりする様子に喜びます。
その反面、ティオの棒術の先生であるイシュマルは、いつも勇ましい王子(に扮したのび太)の威勢が全くなく、棒術の稽古にもすぐ倒れてしまう様子を見て驚きます。

一方のび太くんに扮したティオは、しずかちゃんに「女は邪魔だ!」などと発言し、泣いて怒らせてしまいます。
翌日にはジャイアン達と出会い、激しい取っ組み合いの喧嘩に発展します。負けずに対抗するのび太(に扮したティオ)に、ジャイアンは「今日ののび太は手ごたえありすぎる」と感心しますが、乱暴な言動を見たしずかちゃんは、「そんなのび太さんわたし大嫌い!」と再び泣いて怒ります。
ここはなかなか重要なシーンだと思うのですが、いつも同じくらい乱暴を働いているジャイアンには泣いたりしないしずかちゃんが、のび太が同じ行動を取ると、泣いて怒るのです。
しずかちゃんの中で、負けっぱなしでも平和主義でやさしいのび太の性格は、美点として捉えられていることが、ここに表れています。

のび太くんの言動は、女の子や小さな子どもたちに愛され、ティオの言動は、男の子や大人たちに支持される。
「男らしさ」とは対極にあるのび太くんのキャラクターを全肯定するこの作品には、のび太くんの「やさしい男の子」としての真骨頂が最も表れているといえるでしょう。
プライドで凝り固まったティオの心も、のび太くんたちによって解きほぐされていきます。

男性ジェンダーのマッチョイムズの弊害や、「情けない」と言われるのび太くんの生き方の美点を描くこの作品は、ジェンダーを男性の問題から考えることや、男の子の育て方問題などにおいても興味深い一作です。同時に、ドラえもん映画の中でも、特に心温まるエピソードの多い、やさしい作品となっています。

ドラえもんの存在

ドラえもんは、「情けないのび太くんの未来を変えるために、のび太くんを成長させる子守役として未来からやってきた」という設定になっています。
しかし、もっとメタ的な、物語上のドラえもんの役割は、のび太くんの「子ども時代だけの友達」なのではないか、と考えられます。これこそが、ドラえもんを単なる子ども向けSFではない、ジュブナイル的な郷愁を誘う作品へと押し上げている要因なのかもしれません。

「ドラえもんの結末」とされるエピソードは複数の掲載誌に数パターン描かれており、未来に帰ってしまうパターンや、もう一度戻ってくるパターンなどがあります。
どちらにせよ、私たちが確実に知りえるのは、「小学5年生ののび太くんがドラえもんと過ごした」という事実だけです。どこかドラえもんには、「子ども時代にだけ存在し得る不思議な友達」の雰囲気があるのです。

もしかしたら…と仮説の設定を考えます。
「のび太くんを成長させるため」というのは嘘で、子ども時代、周りから孤立してしまうはみ出し者だったのび太くんに、大人になったのび太くん自身が贈った「友達」が、ドラえもんだったのではないか、と。

友達になれ、と言われて友達になることほど、つまらないことはない。だから、2人が 自然と友情を育めるように、のび太くんとドラえもん自身には、本当の目的は隠されている。
のび太くんの個性は、ドラえもんの存在で変わることはないかもしれない。ただ、淋しかった子ども時代にこんな友達がいてほしかったという夢を叶える存在が、ドラえもんだった。

そしてこのことは、「ドラえもん」という物語自体の存在意義でもあるかもしれません。分かり合える友達が周りにいない、淋しい子どもたちに、夢の友達をプレゼントするような思いで作られたのが、ドラえもんというキャラクターだったのではないか、と思えるのです。

そんなわけで、私の最おすすめドラえもん映画は、「のび太の太陽王伝説」でございました。
②では他の登場人物、とくにしずかちゃんを中心に語りたいと思います。しずかちゃんを見る上でのおすすめ作品もご紹介します。

文/きっかけ書房 宇井彩野
素材出典/写真AC

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