2匹のウサギが仲良くエサを食べる姿

人より損をするのは怖い?

子どもの頃から教わってきた価値観も、「お金をたくさん持っているより良い心を持っている方が大事」とか、「譲り合おう」とか「分け合おう」とかいうことだったし、大人になってからは、誰もが人権を尊重され差別が解消される平等な社会を目指すことに価値を置いているので、「人より多くの利益が得られるように」とか「人より損しないように」ということに価値を置いて生きている人のことは、正直あまり理解できていないかもしれない。

しかし今、「外国人が日本人より利益を得ている状況は危険だ」とか「日本人が損しないように」と考えている人も、私が幼少期に教わったような「お金をたくさん持っているより良い心を持っている方が大事」とか、「譲り合おう」とか「分け合おう」という気持ちも同時に持っているのかもしれない。
ただし、譲り合ったり分け合ったりする集団は限定されているか、序列がつけられているのかもしれない。

みんなのためになることとか、より良い社会にしていくこととか、「善」を目指そうとした時に、「日本のみんなのために」とか「日本人にとってより良い社会」と言って、思いやる範囲を区切ってしまう方が、楽ではあるだろうな、と思う。
「日本人なのだからまず日本のことを考えるべき」と当然のように言われると、それらしく聞こえるけれど、そこにさらに「なぜ?」と問いかけた時に答えは出るのだろうか。
苦しんでいる人がいても、自分の思考力や行動力をその人たちのために割かなくていい、と言える理由として、「日本のことではないから」「日本人ではないから」というのは妥当だと感じられるのだろうか。

たぶん、全人類のことは考えきれないから身近な自国のことだけで、という理屈もあるんだろうけれど、人権というのはすべての人に無条件で平等にあることが原則なので、範囲を区切ってしまった時点でそれは、誰が得をし誰が損をするかという理論に切り変わってしまう。
パイの分け前をどれだけ多く取れるかという話は、もはや人権の話ではないし、政治が個人に影響を及ぼすべき分野でもない。

それと、私自身の率直な気持ちとして、「人より損をすることがそんなに怖いかな?」という思いがある。
国レベルでいえば、日本が他の国より損をすることになるのは、怖いことだろうか?
そういう、他国と比較する考え方を基準にするなら、どこの国だって他より損はしたくないだろうし、そうはいっても一番利益を得られる国と一番損をする国は必ず出てくる。
自分の国が他の国よりも利益を得たいという考えの先に、ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザでの虐殺が起こっている。

自分よりもっと利益を得る誰かがいることが、そんなに怖いのか?
それより私は、近年現実味を帯びて近づいてきている戦争が怖いし、差別が肯定され、誰かを迫害することが正当化される社会になることの方が怖い。

現に私はずっと貧乏だしもうちょっと暮らしが楽になってほしいと願っているけど、戦争や差別や迫害の社会になるよりは、私が誰よりも損してる人である方が、まだ良い。

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